2020/08/12 08:21

四畳半商店ではフィリピンと日本の手仕事、そして無垢の木の家具を中心に、暮らしの道具を扱っております。

 

侘び茶の祖・村田珠光は、四畳半の茶室を初めて考案したと言われています。

 

舶来品が持て囃される時代に、和物と唐物を交えて、共に茶室で用いることが大切なのだと、珠光は説きました。

 

日本の「和」という土台の上に、多様な世界の手仕事が調和した、四畳半茶室のような世界。

 

背景にあるのは「寛容」、そして「和」という日本人らしい心。

 

和の暮らしを大切にしながらも、世界の手仕事と繋がっていく。

 

そんな日本人らしい暮らしの在り方を、四畳半商店はお伝えてしていきたいと考えております。

 

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〜四畳半商店ができるまで〜

夏休みに過ごした、祖父母の古民家が大好きでした。

 

内とも外とも言えない縁側が気持ち良く、家の居ながら大自然を感じられる不思議な心地よさを知りました。

 

居間で寝起きしていた僕は高校生になって、初めて自分の部屋を与えられました。

 

プレハブ小屋で、その壁紙がかっこ悪くて、白くペンキで塗りました。

 

そうして部屋を作り込んでいくことが楽しくて、夢中になり、高校卒業後はインテリアデザインと家具製作の世界に進みました。

 

夢だった職人の世界は厳しく、若さゆえに親方や先輩と喧嘩別れし、自分を見失っていきました。

 

無力感から逃げるように、フィリピンへ向かいました。

 

青年海外協力隊として、家具製作指導をするという活動は楽しくもあり、辛くもありました。

 

「自分が満たされていなければ、他人を助けることなんてできない」

 

と身をもって経験しました。

 

偶然、2度目のフィリピンでの活動の機会を頂きました。

「次こそは」という想いで、フィリピンのものづくりを支援してきました。

 

それでも伝えたいことが伝わらず、嫌になることばかりでした。

 

ただ、今振り返ると、3年間のフィリピンの活動を支えてくれたのは、彼らの笑顔であったり、彼らの明るい生き方でした。

 

フィリピン人に騙されたり、約束を破られたり、数えきれないほど腹を立てましたが、何故か彼らは憎めません。

 

「他を受け入れる」ことを彼らは教えてくれていたのです。

 

フィリピンには日本ではまだ知られていない、土着の手仕事の文化が、たくさん残っていることを知りました。

 

自分達の文化とアイデンティティに誇りを持ち、活動しているフィリピン人達がいることも知りました。

 

僕は日本人なのに、日本のことを知らないと思うようになりました。

 

「自分が満たされていなければ、他人を助けることなんてできない」ことと同じように、

 

「自分達の文化の良さを知らなければ、他の文化の良さもわからない」

そう思うようになりました。

 

私達の生まれ育った日本の文化を大切にしながらも、フィリピンや世界の文化への敬意や好奇心を、忘れたくないと思うようになりました。

 

しっかりと木が地面に根を張っていれば、強い風が吹いても、木は飛ばされることはありません。

 

根が張っていないと、木の葉の様に流されてしまいます。

 

あなたは日本人としてどう生きますか?

 

どういう日本人で在りたいですか?

 

あなたにとって日本人らしさとは何ですか?

 

 

「和すること」

 

私たちが当たり前に持っているこの感覚は、世界の手と手を取り、繋げていくことの出来る、神様からの大切な贈り物なのです。

 

そんなことを手仕事を通して、呼び戻してもらいたいと思い、四畳半商店を始めることになりました。